<独りぼっち研究室/a>

「世の中金だ」と認めてしまうと悔しいけど「世の中金」だよな

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「世の中金だ!」ってことを心の底から本気で認めてしまうと今の自分が負け組のように思えて怖い。

 

 

 

 

愛とか命とか経験が金じゃ買えないってのは分かる

お金が全てではない。

お金で買えないものは無数にあるし、お金=幸せという方程式が必ずしも成り立つとは考えていない。

 

でも、今抱いている悩みのうちのほぼすべては「お金があれば」解決できる問題だと思う。

 

 

 

 

お金に興味があることが恥ずかしいと思っている

私はお金に興味があることが恥ずかしいことだと思っている。

 

例えば、時給制だった高校生の頃にお金がとにかく欲しかったけど

「忙しいからもう少し働いていくか?」って聞かれて

「忙しいなら仕方ないな」と表面上の理由を述べて延長して働いていたが、実際は

「よっしゃ、もっと稼げるぞ!ありがとう店長」と心の中で思っていた。

 

また、現在は本屋によく行く。

普段買う本は歴史ものの小説だけど、たまに「お金」に関する本を買うことがある。

歴史ものの小説は嫁の前で読めるが、「お金」に関する本を嫁の前で読めるかと言うと、読めない。

 

 

恥ずかしい。

「こいつどんだけお金に興味があんだよ」って思われるのが恥ずかしい。

お金の知識がないことの方がよっぽど恥ずかしいが、お金の話をしなければばれることはないので、表面上の理由を選んでお金に興味がないように生きている。

 


 

 おすすめの本。

日本の義務教育で何となく植え付けられたお金に対する意識をことごとく変えてくれた本。

読むだけじゃなく、自分なりに本気で考えてもらいたい。

 

 

 

 

よくよく考えてみると、やっぱりお金は恥ずかしい。

私の中でお金というのは「汚い」とかそれに近い感情の物になっていることに気付いた。

そりゃ物理的には相当汚いだろうけど、別にお金の価値そのものが恥ずかしいことではない。本来なら 

 

これだけ書いてもやっぱりお金の話したりすることが恥ずかしいという気持ちは消えていない。

 

日本の教育のおかげだろうか?

こんな感情を持ち合わせることができるのは。

日本人くらいにしか伝わらない「お金にまつわることが恥ずかしい」という感情を持ち合わせることができてほんとうに貴重な体験だと思う。

 

 

 

私が働けるのも金持ちのおかげ

毎日働いて生きている。

どうしてもやりたい仕事に就いた訳ではないが、やっているうちに仕事が大好きになった。

仕事仲間とくだらないことを話しているのは凄く楽しいし、自分なりに仕事のやり方を見つけて認められているのも凄く嬉しい。

 

何の為に生きているか?

 

こう問われたら「仕事をするために」というのが1番の理由になるだろう。

世界一可愛いmyハニーと過ごす時間ももちろん楽しくもあり嬉しくもあるが、仕事があっての楽しさ・嬉しさだと本気で思っている。

 

 

自分の中でこれだけ大切な時間になりつつある「仕事」ができているのも結局は金をたくさん持っている人のおかげ。

どういう仕組みか詳しくは知らないが、会社を設立して維持向上させていくってのは私が今まで手にしたことのない量のお金が必要になるだろう。

 

 

自分1人だけの話ではなく世の中に目を向けてみても、雇用を生み出すにはやはりお金が必要になる。

 

 

 

 

ご飯だって美味しい物が食べられる

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美味しいステーキ

回らないお寿司

高級焼肉

 

これらは決して今の自分が手を出すことはできない。

手を出したとしても1か月に1回とか。

食べたい時は「父ちゃん、飯食いに行かないか?」と世界一可愛いmyハニーの会わせてやるぞと匂わせながら食べに行く。

 

子供が3人とも手が離れてローンも結構前に払い終わって、金持ちに立派な転身を遂げた父は毎日外食して美味しく手軽に高いものを食っている。

母親との仲も相当良くなり、最近では毎週土日に東北地方へ足を運んで牛タンだとかなんだとかを食って帰ってくる。

 

一方我が家はというと、毎日自炊。

父方の親戚が米農家をやっているから米の代金もケチって米をもらっている。

スーパーで安売りを狙ってということは特にしないが、なるべく出費を抑える方向で考えてやっている。

お菓子なんかも何となくもったいない気がするけど、食べないと死んでしまうものなので買って食べる。

ただ、職場と実家が近いから休憩中とか仕事終わりにお菓子を漁りにいく。コソ泥息子

 

 

どっちが良いか?

って聞かれて、私みたいな生活を選ぶ人が良いだろうか?

選択肢が2つしかなくて後者を選ぶ人がいるとは思えない。

目の前に楽をできる選択肢があるのならそっちを選ぶ。

 

 

 

 

 

生活することだってお金がかかる

水道光熱費

ガス代

電話代

食費

お菓子代

お酒代

電話代

家賃・・・etc

 

 

親元を離れて生活したのは22歳の時。

「こんなに請求ばっかり来たら気が狂っちまう」なんて考えたものだ。

家を出る時も母親に「生活するってお金がかかるからね」なんて言われて「当たり前じゃん」なんて思いながらいたけど、想像以上に色々とお金がかかる。本当に。

 

 

生きるだけでどうしてこんなにもお金がかかるのか?

 

 

そんなことをゆっくり考える暇もないくらいに汗水流してお金を稼ぐ日々。

ホント、世の中金だよなって思わざるをえないでしょう。

 

 

 

 

働けなく(稼げなく)なったら絶望するしかない

今の生活ができているのは、私が働いているかできている。

myハニーも働いていはいるが、月に20万で生活できる水準での生活はしていない。

車も買ってしまったし、これからまた新しい車を買う必要もある。

4年後には家も建てるので、現時点で私が働けなくなったらお終いだ。

働けなくなった私を見てmyハニーが私を見限るかどうか良くて五分五分だが、いずれにせよ絶望する他ない。

 

貯金を切り崩して生活したとしても、そう長くは続かないだろう。

結局は金が無くなれば終わり。

そういう世の中だから仕方ないと受け入れるのは怖くて怖くて考えたくもないが、そういうもんだ。

 

 

 

お金があった方が心に余裕ができる

極限の貧困というのは味わったことはない。

 

ただ、毎年ボーナス時期になると心に余裕ができる。

ボーナスが入ったからと言って使う訳ではなく、全てを別口座に移して貯めていてその額面が増えたのを確認すると安心する自分がいる。

「安心する」というのは私自身がお金に寄りかかって生活しているから。

世の中金が全てだと心の中で感じ取っているから。

 

 

 

 

お金で人生を台無しにする人間もいる

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身近な話で言えばギャンブル。

今までの人生の中でギャンブルで人生を棒に振った人間を2人見てきた。

 

1人目は競馬。

競馬をやり始めたきっかけは病気で仕事がまともに出来なくなったから。

のめり込み過ぎて抜け出せなくなり、たまに出勤すると借金取りらしき人らしき人が職場の前をうろついている始末。

最終的には仕事を辞めて、現在では日雇いの仕事で借金を返している。

家族はいなかったので迷惑は掛からなかったみたい。

 

2人目はパチンコ。

暇つぶし程度にやり始めたのだが、勝った時の快感を忘れることが出来ずにやり続けた。

仕事中に抜け出してやっていたりもして、当然のことながら金が足りなくなり方々から借金。知っているだけでも800万近く。

会社・家族にも借金のことがばれて会社からは「返済計画」の提出を求められ、家族からは「離婚届の印」を求められ・・。

 

ギャンブルが原因とはしても、結局は金で人生を台無しにしている。

 

 

 

おまけ:名言

「貧困は恥ではない」というのは、すべての人間が口にしながら、 誰一人、心では納得していない諺である。

引用元:私の心に深く残ったお金の名言集15!今後の人生の指針に

 

 

人生は金が全てじゃないが

世の中は金がすべてだろ 

引用元: 「世の中金が全て」←頼むから論破してくれ : まとめでぃあ

人として生きていく中では経験や愛や友情はとても重要なもの。

ただ、世の中からすればそんなものよりも金の方が大事だろという言葉。

名言ではないのかもしれないが、 納得できたので。