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限界って自分で決めるものなの?いや、違うでしょ!!

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「限界限界ってうるせーよ」

 

 

 

過激な言葉を書いてスタートしたこの記事。

いつも見えない何かと戦っている?寂しいブログ運営者が「限界」というものに関しての考えを書いていくだけの記事です。

 

 

 

 

 いつの間にか自分の限界が全て分かるようになる?

ほんとにいつの間にかです。

「これ以上は出来ないな」って感じるようになったのは。

小学生くらいの時には何も考えていなかったのか、何でも出来る気がしてましたね。

多少の無理難題でも深く考えていなかったので、だからこそ大きいことも言えていました。

 

それが、成長するにつれて経験値が積み重なってくるようになり「これはこれ以上無理だな」とか思うようになっちゃったんです。

 

 

けどさ、それもよくよく考えてみたら「自分で勝手に決めた限界だよな」って思うんですよね。

今まで生きてきた中で「こういうシチュエーションで失敗したから」「このままいくと成功するな」って感覚が自分の中にあって、それを頼りに決めているだけだと思うんです。

 

 

 

 

平均値はしょせん平均値でしょ?

今までの経験値やら何やらで限界を決める。

つまりそれは「平均値」ってやつを自分の中で何となく決めている。

この平均値ってのはどうにもあてにならない気がしているんです。

 

「平均寿命」で考えてみると日本の平均寿命は80歳(くらい)で世界的にも高水準。

日本人は長生きするらしい。

私は今25歳ですから、あと55年も生きれるようです。

 

 

とはならないと思います。

日本人の平均が80歳だか何歳だか詳しくは知らないですけど、私が80歳まで生きれる保証にはならない。

「やったー、80歳まで生きれるんだ」って喜んで、あと何年あるから少しは休憩しようかななんてやっている時に不慮の事故で・・・それは今日かもしれないし明日かもしれない。

 

何が起こるか分からない。だから、平均値なんてあてにならないんです。

 

 

 

 

そもそも、限界だからって何なのさ?

話がだいぶ逸れました。

元の「限界」の話に戻しますね。

 

限界だからって何?って自分に言い聞かせる時があります。

「限界だからそこで終わり?」

「限界だから頑張らなくて良い?」

 

自分で限界を決めて限界を感じ取ることで努力しないための言い訳にしている。

限界を決めることで自分のことを正当化しようとしている。

 

自分としては限界を決めて頑張らない方が楽ですからね。

けれどそれじゃ成長しないから、「限界だから何」って言い聞かせます。

 

 

 

ほんの少しだけ限界を超えるだけで良い

ほんの少しだけで良いんです。

毎日15分走って限界を感じるなら15分30秒、もしくは16分。

 

サウナで30分入っているのが限界だったら・・・人に迷惑かけるかもしれないから無理はしない方が良い。

 

いつも自分が限界を感じていることに対して少しだけ、ほんの少しだけ超えてみるだけで良い。

超えた先に新しいものが見える時もあるし、見えなくても超えられたことで限界値が少しだけ伸びる。

それを長いスパンで続けて行けば、今までの限界なんて限界でもなんでもなかったことに気が付ける日が来る。

 

 

 

 

 

まとめ

限界を決めるのは自分。

限界を超えることができるのも自分。

年齢や環境のせいにしないで限界を超えてみよう。

綺麗ごとばかりじゃないけれど、努力による成功も十分にあり得る。

 

 

ってなところです。

 

 

では。