努力するのが当たり前になれば良いけど、他人に押し付けるようなもんじゃない!

努力できない=ダメな人間ではない

最初に言っておこうと思うんですが、努力できない人=ダメな人間とか自己管理能力の低い人間ではありません。

何となく「努力している=素晴らしいこと」みたいなイメージを持っている人が多いように感じる今、これだけは言っておきます。

 

努力できる人は努力する必要性があるから努力をしている。

努力できない人は努力する必要性が努力できる人より少ない、もしくは努力できないんであって、そこに人としての差とか能力の差はありません。

努力できることは確かに良いことですが、努力していない・できない人を下に見るのは少し違います。

 

 

 

自分の努力に見返りを求めてはいけない

「こんなのやって当然のことをやっているだけで、努力でもなんでもないよ。」

 

 

こんなことを言えたらカッコいいですね。

カッコいいだけでなく、本来「努力」というのはそうあるべきなんだと思います。

 

 

「俺、頑張ってる。」

こんな風に思うのもたまには良いかもしれません。

でも、常に自分が頑張っていると思ってしまうと「何でこんなに頑張っているのに報われないんだ」とか「俺って才能無いのかな・・」とか「結局、努力って俺みたいな凡人には無駄なんだよな」なんて、頑張っている自分がいることを強く認識していると上手くいかない状況に「努力の見返り」を追い求めてしまい、努力することが嫌になってしまいます。

 

頑張れば必ず結果は付いてくる!

 

という訳でもありません。

 

 

 

 

自分の努力の方向性を見つめ直すこともしよう

先ほども書きましたが、努力するにあたって「良い結果が必ず出る」とか「努力はすべて報われる」なんてことはない。というのが私の考えです。

もちろん、気持ちとしてはすべての努力が報われて欲しいと思うし、私自身の努力が間違っていないと信じたい気持ちもあります。

 

 

月並みな言葉で言うと

「現実はそう甘いもんじゃない。」

社会ってのは想像する以上に厳しいものです。

頑張ったって報われない人は必ずいるんです。

 

そういう人たちは頑張っているのに、何故報われないのか?

 

それは、「努力の方向性を間違っているから」というのが大きな理由です。

 

  • 足が速くなりたいから、走り方の本を毎日1冊ずつ読む。
  • テストの点数を上げるために勉強の仕方の載っている本を100冊読む。
  • お金持ちになりたくて、今のうちから走りこんで体力を付けておく。

極端なたとえではありますが、報われない努力をしている人は少なからずこのたとえに近いことをしているのです。

足が速くなりたいのに本を読んでも中々足は速くなりませんし、テストの点数を上げるためには勉強の仕方も大切ですが、勉強する時間の方が大切です。

 

 

努力の方向性を定期的に見直すことも大切だということです。

 

 

 

 

 「努力は当たり前」の「当たり前」の基準を高くすることが努力

努力とは何か?ってことですが、今の私が考える努力というのは

「やるべきことを当たり前のようにやること」というものです。

 

「努力する」と考えて頑張ってしまうと張りつめてしまうし、努力する・頑張ることが辛いことで嫌なことという認識が生まれてしまいます。

そうなってくるとどうしても「努力するのは嫌」となってきてしまうので、努力とも何とも思わずに当たり前のことだと考えてやっていた方が続きやすいんです。

 

そして、当たり前のことをやり続けて「その当たり前」の基準を少しづつ高くしていく。

それが「努力」という言葉なんだと思います。

「当たり前」の基準を高くすれば自然と自分の能力も高くなります。

 

 

 

 

息抜きも忘れずに

努力するからと言って、別に全部が全部自分を律する必要はないと考えます。

「我慢することが美徳」という考えを持っている方も少なくなってきてはいると思いますが、少なからずそういうイメージを持っている人は確実にいます。

 

確かに我慢することが必要な時もありますが、それ以上に息抜きすることの方が大切です。

「努力して幸せになる」や「努力して成功を掴む」という考えのもとに頑張っている訳ですから、自分が目指す場所にたどり着いた時に幸せ・楽しみ・嬉しさを感じることができるようにこまめに息抜きして方の力を抜きましょう。

自分を律し過ぎると目指した場所にたどり着いても「もっと頑張らなくちゃ」ってなっちゃいますからね。

 

 

 

努力は他人に押し付けるものではない

努力ってのは自分の中で意識していれば良いのであって、それを他人に押し付けるのは間違っています。

「自分が頑張っているんだからお前も・・・」努力に見返りを求めるのは良くないし、他人に見返りを求めるのも良くありません。

 

最初に言った通り、努力の必要性があるか?ということを考えて、あなたが努力しているのなら、それはあなたにとってhあ努力の必要性があったということだけ。

努力する必要性が無い他人に「努力しろ」なんて言っても無駄なんです。

 

 

 

努力の過程を楽しもう

 あとは、楽しむことも大切ですよね。

 

私の話ですが、このブログは2016年5月現在で1年と3か月目です。

ブログを始めた頃には「続けるぞ」って息巻いて「どうすれば続くか?」なんてことを考えて努力している自分に少なからず酔っていた節がありました。

けど、そんなのって長く続かないんですよね。

 

「頑張る」っていう1種の義務感のようなものを抱いてしまうと「やらなくちゃ」って心がどんどん狭くなり、やっていること自体が嫌になってしまう。

 

そうならない為には、やっていることを楽しむ心の広さが重要です。

努力はキツイ・辛い・苦しいものではなく、楽しいもんです。

 

 

 

 

まとめ

「努力は報われる」

 

この言葉が正しい認識として広まる社会になれば良いですね。

そうあってほしいと切に願います。

 

 

 

 


 

 

 

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