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批判すら前向きに受け止められる人間になろう!時間が解決する前に!

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自分の事を批判された時、自分の全てが否定されたような気分になり、たとえそれが間違っていないとしても、私には到底受け止められる自信がありません。

「時間が解決してくれる」とはよく言いますが、果たしてそれでいいのでしょうか?

 

批判されるという事は、まだ改善の余地がないか?を考えられる良い機会だと思いたい。

そうでも思わないと、批判を真正面から受け止める勇気なんて出てきません。

 

会社の事だと伝わりにくいと思うので、ブログの事をたとえに出して書いていきますね。

独りぼっち研究室もそこそこの期間やっているので、アンチとまではいきませんが、気に入らない人も中にはいます。

面と向かってと言うか、正面から言われたわけでなく、ツイッターなんかで流れているのを何回か見かけました。

探せばいくらでも出てくるでしょう。

「クソブログ」とか「宣伝中」とかそんな言葉を言われていたこともあります。

それを発見した時は、結構ショックを受けると共に怒りすら覚えましたね。

反論しそうになったことすらありますが、そこで議論しても水掛け論で終わってしまうと思ったので、何とか思いとどまりました。

怒りのやり場も無いので、とりあえず記事にしたこともあります。

 

今考えると、子供みたいですよね?

何か、自分の悪い事を言われたから腹を立てて仕返ししようとする。

それが普通の気持ちなのかもしれないですけど、それじゃ何にもならないどころか、燻ぶっていた火種を大きくするようなもので、事態は急速に悪化して消耗するだけで、後には何も残らない。むしろ、悪いイメージしか残らない。

 

そこで、考えたのが「批判を真摯に受け止めて、ブログで改善できるところを探そう」という事。

もちろん、私の心の中はヒートアップしているので「真摯に」なんて難しい状態です。

そこを何とか、どうにかこうにか必死に抑えて「何でクソブログとか言われたんだろう?」「何で宣伝中なんだ?」と自分に問いかけたのです。

批判した人に対して「あいつが何も分かっていないからだ」と決めつけてしまっては、自分に残るのは憎悪に近い感情だけなので、ずっと問いかけていました。

 

批判を真摯に受け止められるようになったのは、たぶん3日とか経ってからです。

それまでは黒い気持ちがずっと心の中を占めていたので。

遠い過去ではないにしろ、少し冷静になれる期間を要して、批判の内容を真剣に考えました。

 

「クソブログ」と言うのは、その方が見た記事がテキトーに書いた記事で大した内容も無かったから。それは、気を抜いて書いた記事でも「誰かに見られている」という事を忘れてしまった自分が悪いと素直に受け止めました。

どんな記事でも全力で書いてこそ意味が出てくるのに、ブログを更新することを目的にやってしまった自分に落ち度があったのですね。

 

「宣伝中」と言うのも、つまらない記事を書いて広告収入を得ようとしているように見えたからそう言ったのでしょう。

そういうところがない訳ではないので、反省しました。

お金目的で、大した価値を提供していないというのは確かに宣伝中ですからね。

 

 

この他にも色々見ましたが、その全てではないにしろ、前向きに受け止められるように努力しました。

1つ1つ時間をかけてね。

批判するってことは、自分の事を見てくれている、そんなに良い感情は抱いてないにしろ観察しているという事だから、それを頑張って受け止める精神状態を作って今後に活かす。

そうすることで、ブログだけじゃなく家事だって仕事だって少しずつ良くなっていくんじゃないかと。

受け止めるには勇気と時間、労力が必要です。それを「時間が解決してくれるから」と言って、全てを見送ってしまうのはちょっともったいないかな。

時間が解決してくれる部分ももちろんあるけど、自分が頑張って解決してこそ成長できる部分があるのは確かです。

 

 

批判を恐れても良いけど、最終的には前向きに受け止められる人間になろう。

それが伝えたい事でした。

 

 

では。