一生懸命!つまんねぇ事気にしてる方がカッコ悪いよ!

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努力とか根性とか大好きです。
平成生まれのゆとり教育世代ですから、昭和の男気溢れる生き方に憧れを持っていたりもします。

そこで今回は、「一生懸命」について私の考えをまとめてみました。
今まで二十数年生きてきて、一生懸命になった事が何回あったかは数えていないですが、人並みには一生懸命やってきたつもりなので、少しは参考になるかな?





一生懸命

ちなみに、「一生懸命」と「一所懸命」という言葉の2つがありますが、どちらも同じ意味だそうです。
ここでは、一生懸命の方を使わせていただきます。




一生懸命な姿はカッコ悪い?

よく居ます。
一生懸命やっている人の事をバカにする人。


気持ちは分かります。
例えば、無駄な事だと分かって努力していたり、努力の方向性が間違っている人を見かけると「何やってんだろ、この人」と思いますからね。
いつの時代も「時間」という概念は重宝がられますから、時間を無駄にした一生懸命というのはバカにはしないまでも、呆れられたりはしてしまうでしょう。


それでも、一生懸命やっている方というのは、「一生懸命やっている」というだけで周りの人間の評価に値すると思うんです。
そうそう簡単に何でもかんでも努力出来る人なんていませんから、一生懸命やった分だけ目に見えない何かを得られる事が出来る。

人間として生きていく上では、その「目に見えない何か」が大切だと考えています。




っと、話が逸れてしまいました。
つまり、私の意見を言わせてもらいますと、一生懸命やっている人はその当時はみっともないしカッコ悪いかもしれないけど、やり終わった後に何かを得られればそれだけで十分という事です。

カッコ悪いかどうかなんて気にするのがアホらしいです。




自分が一生懸命やるのは恥ずかしい?

中学生位の時ですかね、自分が一生懸命やるのがカッコ悪いと思ったのは。

同級生もほとんどが反抗期や中二病を患い、一生懸命やるよりそつなくこなした方がスマートでカッコいいみたいな風潮があったんです。
そつなくスマートにこなせる人間なんてほんの一握りだとも知らないで。


そんなこんなで、周りに流されて「一生懸命やるのなんて恥ずかしいよ!」と感じてしまった中学生時代。
そんな時代でも、一生懸命やっていた事はもちろんありました。

部活です。
顧問の先生が竹刀や木刀持ちながら歩き回っていて、部員も少なく尚且つ部長というポストにいたので、一生懸命やらないとたぶん半殺しにされていました。

でも、一生懸命やっていた割には「カッコ悪い」とも感じなかったし、むしろ一生懸命やって汗を流した記憶がとても良いものとして残っています。


そう考えると、一生懸命やるかやらないか悩んでいる時は「一生懸命やるのはカッコ悪い」と感じる。
しかし、一生懸命やっている時はそんな小さな事はどうでも良くなる位夢中になってしまうんでしょうね。



自分が一生懸命やるのがカッコ悪いなんて、そんな事考える方がカッコ悪いんですかね?




誰も見ていないところでは、今でも一生懸命出来る

性格の問題ですかね?

私の場合、誰にも見られず知られずに何かに熱中する事が多いのです。
後で積み上げた物を人に見てもらうのも恥ずかしいので、常に隠し事しながら色々な事を一生懸命やっています。

他人に見せる為の一生懸命なんて、本当の一生懸命じゃないんじゃないかな?と言っている訳ではなくて、「他人に見せて安っぽくしたくない」という気持ちです。

そう考えると、他人の前で一生懸命やる事が恥ずかしいという方は、意外と影でコツコツ努力するタイプなのかもしれません。





幸せになれる人は一生懸命やった人だけ?

最近、少しだけ知恵が付いて思う事があるんです。

現時点で「幸せ」と言えている方は、それまでにたくさんの「一生懸命」を積み重ねてきたんだろうなって。

親父(マイファザー)と飲む機会があり、その時に「お前みたいなクソガキと飲めると思ってなかった」と言われたんです。
珍しく饒舌(まあ酒のせいだろ)で、どことなくいつもと違う楽しそうな1面が見れたんです。


それも、たった1度の小さな幸せですが、私が酒を飲めるまで一生懸命働いて一生懸命生きて、そして一生懸命育ててきたからこそ出来た幸せな訳であり、どこか1つでも手を抜いていたら「こんな幸せこなかったかもな」なんてつくづく思ったんです。


まあ、つまり見出し通りに「幸せになれる人は一生懸命やった人だけ」という事が言いたいだけなんですけどね。



一生懸命やった人が全て幸せになる訳ではない

言葉のあやみたいなものですが、1つ勘違いしないでほしい事があります。

何でもかんでも一生懸命やっている人が必ずしも幸せになれるという訳ではありません。
努力の方向性が間違っていたり、そもそも無駄だと分かっている事ばかりに一生懸命やっている方は幸せになれるとは限りません。





他人にバカにされてまで一生懸命やれるかな?

散々偉そうな事や私事を書いてきましたが、ケース別一生懸命?を考えてみると

「他人にバカにされてまで一生懸命出来るかな?」というのが1つの疑問です。

「何やってんだお前?」って言われた時の恥ずかしさと言ったら、おへその上でお茶かカップラーメンが出来てしまう位です。(語彙力ないな~)




たぶん、人に決められてやる事(例えば会社の目標とか)だったら、その意味や目的を深く理解していないと、とてもじゃないけど一生懸命にはなれないでしょうね。

その逆で、自分から「○○する為に××を一生懸命やろう」と言うのであれば、例え人にバカにされても続けられると思います。
目的意識の問題でしょう。






研究成果

1.一生懸命やる事で目に見えない何かを得られる事がある

2.一生懸命やる事がカッコ悪いかどうか気にしている方がカッコ悪い

3.一生懸命やるかどうか悩むなら、やってしまった方が良い

4.人前で一生懸命出来ない人は、影でコツコツ努力出来る人

5.幸せになりたければ一生懸命取り組むべし

6.一生懸命の方向性を間違わないよう、常に見直す事も大切



いつも以上に文章にまとまりが無かった為、要点だけ軽くまとめてみました。



一生懸命書き過ぎると、自分でもよく分からない事を書いてしまうようです。
それでも、一生懸命やった方が達成感が大きいようです。